【佐藤】「偽善」って良い意味?悪い意味?

from 佐藤


少し前、「キミは偽善者だね」って言われました。


そこで僕は「?」ってなりました。


きっと、この言葉の解釈が違うと思ったので
それ以上、その話を長引かせないことにしました。


でも、僕の中でモヤモヤした気持ちが収まらなかったので
整理することにしました。


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意味を調べると、、、

心から思っている事ではなく、うわべだけ、善を取り繕っている。

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そんなつもりはないですが
そう見られているってことに気付きました。


もし、「人のために何かすることで自分が満たされる」
それが偽善であれば、僕は偽善者なのかもしれません。


でも、僕は自分が出来ることを
人に伝えることや影響させることで


人も自分も、より良くなればいいという概念が
社会をより良くしていると思っています。


なので、僕的には普通のことで
善でも悪でも、偽善でもないのかなと思います。


ただ、「指導する」という仕事上、
子ども達に教えていることが「命令している風」に見られて
自分の理想のために子どもを利用している。


そんな風に思う人もいるかもしれません。


そうならないためにも
言葉使い、姿勢、態度、身なりなどを気を付けて
子どもや保護者とも接しているつもりです。


でも、「偽善者だね。」という一言に
僕は「まだまだだな未熟だな・・・」って感じました。


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僕は偽善がスタートでも良いとも考えています。


仕事をしているほとんどの人が
心からこの商品を多くの人に使ってほしい想いより
自分の生活のために仕事をしているのでは?


コーチをやっている人の多くも
テニスを教えたいからコーチになったというより


テニスを続けたいから、
コーチという仕事を選び、テニスを教えている。


これもちょっと見方を変えれば偽善になりませんか?


でも、そこから指導することの魅力であったり
生徒が成長していくことだったりを感じて


本当の意味で、テニスコーチとして
善意が育つことに繋がれば良いと考えています。


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そんなことを「キミは偽善者だね」の一言で
考えさせられました。


言葉って難しいなといつも思います。


ちょっとした一言で誤解を生んだり
人を傷つけたりもします。


でも、伝えた側・言った側の問題だけでなく
受け止める側の問題でもあると思っています。


伝える側は相手に伝わりやすいように
色んな事を配慮しながら伝えるのと同じで


受け止める側になった時には
何を自分に伝えたいのかを考えるってのが大切。


このバランスが良い時には
建設的な会話が成立すると思います。

2022年10月9日10:00 | ■ 佐藤コーチ

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